なう

私の活動のコア。直感で通じた部分以外は見えていないだろう。
一瞬のひらめき、人がその直感を働かせた瞬間を私は信用しているし、そういうことができる人だけを信頼してる。


私の作品をたくさん見知っている人ほど、こちらの真意は伝わっていないのかもしれないと感じることが時々ある。(作品が作者の意図を超えることは間々あるし、)あるいは「私自身」や、場に即した便宜的な振る舞いが誤解を与えているのかも。

軌道修正しつつ、その場しのぎに終わらない活動を…まずこちらからの呈示方法を考えないと。全体像のラフスケッチ。そろそろ始めてもいいのだろう。始めなければ、「その時」なんて永遠に来ないのかも。