ある種の作品に対する違和感

美術家が作品を通して「誰か」に呼びかけているということがはっきりしている場合に、その「誰か」が背景に蠢くモブのようないい加減さで抽象化された人間だったりすると無性に腹が立ってきます。そういうのは記録写真とか作家の態度をみればわかることだけど、ほんとうに信用できないやつだと思う。無神経で粗暴だからそうなっているのか戦略家でずるいからそうしているのかはケースバイケースだと思いますが、中途半端に味方として振る舞うくらいだったら小馬鹿にしているほうがまだましだと思うことはどちらに対しても同じです。

私には「本物」と「偽物」の違いがよくわからない。よくわからないというか、後者は前者に比べて無理をしている度合いが大きいということなんだと理解しています。そう考えると、先の美術家の態度は圧倒的に偽物なわけです。だったらせめてそこに戸惑いを感じていて欲しい、と思わずにはいられません。